キレイナコトバ
きれいな言葉、というのは文法的にとかでは正しくないのかもしれないけれど私がそう称している言葉がある。
人生の賛歌や励ましの言葉、プラス思考でいこう等人々にプラスの思考を与える言葉をきれいな言葉と。(具体的な例は前回のエントリに張ったリンク「1ヶ月だけ、思い切りがんばれば」を参照。あれはまさにきれいな言葉の結晶です)
私はどうもこのきれいな言葉というものが苦手らしい。いつもというわけではないけれどたいていの場合きれいな言葉を見聞きすると胃あたりがキュッと締め付けられるような感触がして苦しくなる。前回のエントリーで前述のリンクを見た際にはがんばろうと思ったのだけど、先ほどもう一度同じところを見たら胃が締め付けられるような感触がして苦しかった。
元々暗い性格の私は大学入ってから3年目から今に至るまでの長い長い「暗黒の10年」ですっかりネガティブ思考が根についてしまったらしい。だからかもしれないがきれいな言葉に対して過剰な反応を示してしまう。具体的には
- うぜぇぇぇ...という苛立ち
- うらやましいというあこがれ
- 自分もこうなりたかったという後悔
- こうなりたいけれど自分には無理だと思う諦め
- でもこうなりたいっ、という希望
等々。それらがごっちゃになってやってくる。その負荷が身体的な症状として胃にきているんだと思う。
一番酷いときは何でもネガティブ転化していたので余計鬱になる程度でそれほど問題にしていなかった(もしくは問題にできるほど気力がなかった)のだけど、ある程度回復してきたい今は生半可なプラス思考と根に残っているネガティブがせめぎ合っていて何とも面倒くさいことになっている。
胃にくるのもいい加減面倒うざいのでどうにかしたいとは思っているのだけど本来の性格+「暗黒の10年」で蔓延ったネガティブは相当根が深く、おそらく死ぬまで抜くことはできないと思う。考え方の癖を矯正することで治ればいいのだけど、身体的な症状がそれで改善するのかはわからないなぁ...。
せめて「ネガティブな人には近づかない」な人に認定されないように気をつけよう。
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