9/8;何も作れないフリーランサー=ニート?

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薬が切れたので医者に行った。

そのときこの前気がついたことを気がついた状況を含めて事細かく話してみた。

一息ついて、医者はこういった。

「社会生活に向いてないんだろうなぁ」

適応障害とはよく言ったものだ。自分では茶化して社会不適合人格障害と称しているがまさに医者に太鼓判を押されたわけである。

言われて怒ったとかそういうのはなく逆に納得してしまった。確かにそうなのだ。私は現代社会に生活に向いていない。

私くらいの年齢なら誰だって「仕事」をしている。

ここで言う「仕事」というのは決められた時間に決められた場所に赴き、決められた作業をして周囲の人間とコミュニケーションを築き、ストレスと少しの喜びと報酬を得る行為だと定義しよう。

私はこれができない。

約束の時間はきっちり守る方だけど、なぜか仕事になるとこれができない。ぶっちゃけ朝起きられない。起きようにも起きるエネルギーが無くグデグデしてしまう。グデグデしているうちに出なければならない時間になり・・・ゲームオーバー。

決められた場所に行く。これもできない。トラウマにより電車を降りられないとかは基本、酷い時はこうだ。

ある日、横浜駅から東海道線の上り電車に乗ろうとした時、逆の下りホームに特急仕様の車両の普通列車がやってきた。見た瞬間乗りたくなって仕方なくなり...気がついたら乗っていた。仕事すっぽかして。

決められた作業に関してはできるかもしれない。ただし飽きが早い。

コミュニケーションはどうだろうか。最近は薬とかのおかげで随分円滑にコミュニケーションがとれるようになってきたが、少し前は酷かった。キョドるキョドる。おもしろいようにキョドってた。まさにコミュニケーション不全。現代の病だ。

ストレスには弱い、すぐつぶれる。喜びは3割引で浪費は3割り増し。

まさにダメ人間。

[樹海]  λ.......

 

...話を戻そう。

医者は「自由業が向いているかもね」とやや投げやりに言っていた。

自由業、いわゆるフリーランスで働く人のこと。そんなの知っているが向いていると言われたのは初めてだ。

自由業の人は「モノ」を作り、それを売って対価を得ている。そんな仕事ができるかと言われればノーだ。

前々から言っているが私には「モノ」を創る才能がない。

「モノ」を創るのは嫌いではない。むしろ好きである。例えば絵画なんて小学校1年くらいから絵画教室に通っていたし、小学○年生についていた付録は毎号作っていた。美術や技術の授業は大好きだったし、プラモ作りは今でも続いてるし、PCを手に入れてからはプログラミングにも手を出した。コミケに出店したいと云ってCGにも手を出したっけ。

でも、才能がない故に全部ダメだった。

6年まで絵画は続けたけど一向に上達しなかったし、作った付録は毎回どこかゆがんでいた。美術は10段階2で技術は5、プラモは今でも合わせ目がきれいに消せないし、色もろくに塗れない。プログラムはCを挫折し、JavaにVB、VBAはてはHSPまでやっては挫折した。CGについては...黒歴史だ。

あー、書いてて鬱になってきた。でも続けよう。

こんな人間が何を売って対価を得るというのだ?

「努力すれば」とか「がんばれば」とか聞こえてきそうだが、才能がない人間が努力した所で「モノ」として売れるレベルになるかは別問題である。

自由業が向いているとは言われたけど、売るモノがないのだ。無ければいくら不適合でも普通の人間のように仕事をするしかない。何もしないニートなんてごめんだ。

 

正直、今回も長続きさせられる自信がない。そのくせ転居で不退転の決意とか笑わせる。

念のため言っておくがやる気がない訳じゃあない。毎回毎回やる気はある。あったはずなんだ...うん。

あったはずなのに毎回ああなってしまうのだ。それを何回も何回も繰り返せばや探れてしまうのも無理はないと思う。

抜け出そうにもその方法がわからない、誰かに聞こうにも誰に聞いた良いのかもわからない。

今日出た自由業という道が抜け出す方法ならばすがりつきたいとは思う。

でも、私は何を作れるのだろう...。

 

 

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