2/5;「オヤジ」が嫌い

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私は「オヤジ」が嫌いである。
オヤジと言ってもうちの父親ではなく定義づけるならば
・(言うまでもなく)男性
・40~50台
・権威的な存在
・「古き良き」時代の思考の持ち主
・その他容姿等
...だろうか。
なぜ嫌いかと言えばそれが私を苦しめる「素」だからである。その「素」を突き詰めれば昔のうちの父親に当たるのだろうか。権威的で抑圧的で好きにさせてもらえない。逆らえば殴られる。理不尽さと恐怖と殺意とかいろんな色がまぜこぜの「真っ黒」な感情。そんなものが私の深い深い所にあり、それがある種のトラウマを引き起こしている。
そんなトラウマの「根源」たるうちの親父様はと言うと定年後を境にすっかり丸くなり、私の「病気」に対して理解をしてくれるようになってからは不器用ながら少し気にかけてくれるようになった。「根源」だった親父様はもういないと言ってもいいと思う。
「根源」がなくなればトラウマはなくなる...はずだった。
だが、現実はそんな単純に行くわけがなかった。トラウマは「根源」を失ってもなお一人歩きを続け私を苦しめる。
例えば、社会生活をするにあたって必ずと言っていいほど遭遇する「上司」と言う存在。かなりの確率で男性で一般的に40~50台。権威的な存在で例外は多いけど大体は一般的に言うオヤジという感じの容姿。
...もうだめ。居るだけでだめ。「怒る」と言うオプションがついたらパニック発症確実。
ちなみに今の仕事場の「上司」がまさにそのタイプで正直、話を聞くのがやっとの状態だったりする。
社会生活に支障が出ている以上、このままでいい訳もなく、どうにかトラウマを解消しタイとは思うのだが、どうしたらいいのか全然わからない。
死ぬまでこんなモノと付き合うなんざ御免なんだが...どうしたものか。

さて、何でこんなこと書き始めたかと言うと先週の「連休」の事で上司にこってり絞られパニック発症しテンパった頭で必死に抵抗して大暴れ、挙句はガキのようなことを言い出し、第三者が出動して事態の収拾をはかったという世にもほほえましい笑い話が起きたからです。

もう疲れたよ...。

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